会長の部屋

奥谷金網のはじまりと奥谷勝彦会長の若かりし頃

Q 奥谷金網のはじまりと奥谷勝彦会長の若かりし頃に
ついてお聞かせください。

A 祖父にあたる奥谷儀三郎が大阪の網屋さんで修行を積んだ後に、今の奥谷金網を設立しました。
その頃は祖母の支えが大きくて、家族みんなが団結して会社を動かしていました。
祖母が苦労してみんなをまとめてがんばっていましたね。

初代祖父、2代目叔父、3代目父、4代目従兄弟という世代交代を経て現在に至りまして、私で5代目になります。
昭和24年に自社工場を立てるまでは、もともとは金網の仕入れおよび販売や加工業務をしておりました。

大阪のほうの取引先までトラックで夜仕入れに行ってました。
昔でしたから、みんな晩遅くまで残業していてその仕上がりを待ってその日に出来たものをトラックに積んで神戸に帰ってきて、こちらで加工するという仕事を毎日しておりましたね。
昭和42年より鉄工団地に工場を立ち上げてから金網と平行してパンチングメタルの製造を開始させました。
その頃、車にカタログと品物をつんで国道2号線沿いを、行きしはお客さんへ品物を納めに、帰りはカタログを持って新規のお客さん探し、というルートで走り回ってましたね。

 

Q 今までで思い出深かった出来事はなんですか?

A 阪神大震災の時、本社事務所は幸いにも建物自体は無事でした。
私たちは直ちに各地のお客様にこの状況を一刻も早くお伝えしたい。
お客様にご心配をおかけしたくないという思いから、
”奥谷は無事です。大丈夫です。”というFAXを発信したんです。
直後FAXを見てくださったお客様がたから励ましの言葉を頂いたり、物資を送ってくださったりした時は本当に有難く感動しました。
これからこのお客様のためにも頑張って行こうと強く思いましたよ。

あの頃の神戸にはみんなに共通して「頑張っていかなアカン」という意志が強くあって、本当に元気に満ち溢れていましたね。

神戸市より平成25年度「産業功労者」の表彰を受けました。

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平成25年8月26日(月)神戸市役所 2013年8月24日付神戸新聞に掲載されました。

 

 

兵庫県知事より平成18年度「兵庫県功労者」商工功労の表彰を受けました。

平成18年5月18日(木)兵庫県公館

 

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